世界における結婚指輪の歴史

結婚指輪には古く長い歴史があります。その歴史の中において結婚指輪の役割や意味、制度のあり方は少しずつ変化して現在の形に至っています。

興味深いのは、結婚指輪の起源と考えられている風習は世界中にあり、それは指輪に限らず「紐」や「腕輪」だったり「金貨」など様々な形態があり、更には結婚指輪の意味自体が現在のように「愛や絆の証」ではなかったことです。

それが歴史を経て全世界的に結婚指輪が「愛や絆の証」という意味を持ち、「新郎新婦が指輪を交換する」という様式に至ったことは、理屈では説明できない「結婚指輪の持つパワー」を感じざるを得ません。

人によってはキリスト教の広まりが影響して結婚指輪の風習が広まっただけと言う方もいると思います。確かにその面は多々あります。しかし、そもそもキリスト教は結婚指輪の制度に反対していたのです。それは結婚指輪の歴史を見れば明らかです。

結婚指輪の風習に擦り寄り、取り入れていったのはキリスト教の方なのです。しかも、今や結婚指輪の風習はキリスト教に限らずイスラム教でも神道でも行われます。

そういった宗教の力さえも越える結婚指輪のパワーはどのように誕生してきたのか?

その結婚指輪の歴史を少しご紹介します。

[A.D.1頃~]結婚指輪の起源

結婚指輪の起源は諸説ありますが、有力な説は「売買結婚」における契約の証もしくは代金の一部として花嫁に指輪が渡されていたという説です。これは1世紀頃のローマ時代初期の話しです。

※売買結婚とは本人の意思とは関係なく、親同士の金銭的やり取りによって結婚が決まる制度のことです。

この頃は花嫁だけに結婚指輪が送られており、どちらかと言うと婚約指輪的の意味合いが強い慣習でした。もっとも男性に結婚指輪が送られたり、結婚指輪と婚約指輪の区別が明確になるのはずっと後の話です。

また、結婚指輪の起源は諸説あるものの、全般的にこの頃の結婚指輪の意味合いは「永遠の愛の証」といったものではなく、どちらかと言うと「夫に対する妻の服従の証」といったものでした。

それを暗示させるものに当時の結婚指輪は何の飾りもない「鉄の輪」だったことがあります。

一説によるとこの鉄の輪の鉄は「愛の強さ」を象徴するものというロマンチックな説もありますが、有力なのは「服従、忠誠の証」の象徴という説です。

その理由として鉄の輪には「プロメテウスの神話」という背景があります。

【プロメテウスの神話】

プロメテウスの神話とはギリシャ神話の一つ。

プロメテウスは神の王であるゼウスに頼まれて人間を創ったが、ゼウスはその人間を気に入らず意地悪をする。

しかし、プロメテウスは人間びいきで度々ゼウスを欺き人間の味方をする。

その度にゼウスの怒りを買うのだが、遂にゼウスをブチ切れさせる出来事が起こる。

ゼウスが絶対に人間に与えてはいけないと言っていた「火」をプロメテウスは人間に与えてしまう。

カンカンに怒ったゼウスはプロメテウスをコーカサス山という場所に鉄の鎖で縛り付け、オオワシに肝臓をついばませるという罰を与える。

※プロメテウスは不死なので肝臓を食べられても再生する。しかし痛みは感じるので肝臓を食べられる痛みが永遠に続くという残酷な拷問。

その後、プロメテウスはゼウスの子ヘラクレスの助けにより開放されますが、その際、絶対服従を誓わされ、その証としてプロメテウスを縛り付けていた鉄の鎖から指輪を作りはめさせたのです。

当時の結婚指輪はこのプロメテウスにはめさせた「鉄の鎖から創った指輪」を意味していると言われます。つまり「服従」を意味しているのです。

悲しいことですが、当時は女性の地位が非常に低くかったため、特段非常識なことでは無かったのです。

とは言え、結婚指輪の風習は当時から様々な形があったと考えられています。もちろん「愛の証」であった可能性もあり、その根拠として紀元前400年頃のギリシア時代のものと思われる指輪には一言「honey」という意味の刻印があり、当時の結婚指輪ではないかと推測されています。

[A.D.2~]金の結婚指輪の誕生

ローマ時代の2世紀頃には黄金の結婚指輪があったことが分かっています。この背景にはローマ帝国が豊かで平和になり、女性の地位も向上したことがあげられます。

また、当時の西アジアやユダヤ人の間では結婚に際し金貨などの高価なものを女性に贈る習慣があり、それがローマにも伝わり指輪も影響を受けて黄金製になったと考えられています。

そしてこの当時、後の中世に流行するフェデ・リングの原型と言える「握り合う手」を結婚指輪のモチーフに使うことが多くなり、結婚指輪の「永遠の愛・絆」といった意味合いが強くなってきた時期でもあります。

[A.D.4~]初期のキリスト教は結婚指輪を認めず

ローマでは4世紀になるとキリスト教が国教となりますが、キリスト教では結婚指輪に反対の立場をとっていました。

結婚指輪は前述したようにプロメテウスの神話の影響を受けている異教徒の習慣ということや売買婚などの経緯はキリスト教の教えにそぐわなかったと思われます。

なによりキリスト教では「夫婦間における永遠の愛」を認めていません。キリスト教では結婚の誓約は死んだら破棄されるのです。

それは結婚の誓約時に神父が言う「死が二人を分かつまで~」という言葉にも表れていますし、聖書(ローマ人への手紙7章2,3)にも明記されています。

この時代の結婚指輪には既に「永遠の愛・絆」といったニュアンスがあったと考えられますので、そんな結婚指輪をキリスト教が認める訳にはいかなかったのです。

キリスト教では逆に民衆に結婚指輪を禁止していたと言われます。このキリスト教の立場は9世紀頃まで続きます。

しかし、そのような中でも民衆の間では徐々に結婚指輪の習慣が広まりつつあったのです。

[A.D.9~]婚約指輪の誕生

9世紀に入るとキリスト教の結婚指輪に対する考えが軟化してきます。この時代のキリスト教の文献では結婚指輪のことを示す2つの記録があります。

まず一つが、860年に教皇ニコラス1世によるもので、「婚約発表には指輪が必要である。夫となるものは高価で経済的な犠牲を払わなければならないような指輪を将来の妻に贈るべし」と言った記録があり、これが婚約指輪の始まりと言われています。これまでの結婚指輪も婚約指輪的要素が強かったのですが、具体的に婚約指輪を定義したのはこれが始まりと言われています。また、婚約指輪も結婚指輪の一つと考えられるので、これが結婚指輪の始まりと解釈する説もあります。

もう一つは丁度同時期のランス(ノートルダム大聖堂)大司教であったヒンクマールが「「神が結びたもう者達を人間が離さないように、忠誠と愛の象徴、夫婦合一の紐、これが指輪である」と言った記録です。

この指輪が何を示すものか曖昧になっていますが、普通に考えると結婚指輪について語っていると思われます。

この頃から中世にかけての婚約指輪にはサファイヤやルビーが使われることが多かったようです。

[A.D.10~]結婚指輪の風習が広まる

キリスト教では依然、結婚指輪を正式に認めてはいませんでしたが民衆にはどんどん広まっていたと考えられています。

ミュールによる『ローマの結婚指輪の起源』という文献にも「花婿は花嫁に金の指輪を、花嫁は花婿に鉄の指輪を交換している」という記録があります。

[A.D.11~]正式にキリスト教で結婚指輪が認められる

遂にキリスト教で結婚指輪を正式な結婚の儀式として採用します。

当時は民衆の間でも急速にキリスト教が広まっていった時代でしたが、皮肉にも結婚指輪の風習が広まっていった時代でもありました。

教会は結婚指輪の風習をやめるように指導していましたが、民衆がやめなかったためキリスト教が折れた形になったのです。つまり結婚指輪をする人は本来破門すべきであるはずですが、そうするとキリスト教の人気が落ちることになりかねないので、結婚指輪をキリスト教の制度として取り込んでしまおうということなのでしょう。

当時のキリスト教に刃向かう結婚指輪のパワーは凄まじいものがあります。

キリスト教は自身の教義と結婚指輪にある背景の矛盾を解消するため、結婚指輪に新たな概念を植え付けます。

それは「結婚指輪は神との契約の印」という概念です。

キリスト教において結婚とはお互いが夫婦になる契約を結ぶことではなくて、新郎新婦それぞれが神と行う契約のことを言います。その「契約の印」が結婚指輪というわけです。

キリスト教のお墨付きというは当時の人々にとって一大事であったため、結婚指輪の風習は拡大していきますが、この段階ではキリスト教も渋々認めたという感じであまり結婚指輪には積極的ではなかったようです。

[A.D.12~]フェデ・リングの流行

12世紀にはフェデ・リング(fede ring)が流行したと言われます。

フェデ・リングとは2~3世紀頃にローマで流行った「握り合う手」をモチーフにした結婚指輪をリバイバルしたもので、フェデ(fede)とはイタリア語で「信頼」とか「信仰」「忠実」を意味する単語です。

フェデ・リングは主にイギリスで流行り、この後600年以上結婚指輪のモチーフとしてよく使われるようになったとされます。

現在でもこのフェデ・リングはアンティークリングとして人気があり、大変高価なものとなっています。

このフェデ・リングが流行した背景には「握り合う手」のモチーフがキリスト教に婚姻の誓いの印として認められたためと考えられます。

この頃より徐々に結婚指輪に凝ったデザインが登場するようになってきます。

[A.D.16~]結婚指輪がブレイク

16世紀に入ると結婚指輪は更なる発展を遂げます。16世紀はルネサンスの後期で美術や文化が隆盛を極めてきた時期でもあり、また宗教改革が起った時期でもあるため、人々の風習が豊かに変化していった時期です。

結婚指輪もそれらの影響を受けデザインなども華やかさを増していきます。結婚指輪の風習自体も更に広まり一般化していくエポック的な時期と言えます。

大きな背景としては今まで結婚指輪に消極的だったキリスト教が、結婚指輪の贈呈を重要な儀式として推進していったことがあります。

特にカトリックでは結婚においては必要不可欠の儀式として位置づけました。プロテスタントにおいては当初は反対していましたが、後に認めました。なにより宗教改革の中心人物であるマルティン・ルターが妻カテリーヌ・ボーラと結婚する際に結婚指輪を贈っています。

しかもこの結婚指輪はかなり凝ったもので、そのモチーフには十字架にかけられたキリストに剣や槍、三つ葉などがあしらわれ、内側にはお互いの名前が刻まれ、さらに婚礼の典礼文から引用された「神の結びたまいしもの、人解くにあらず」という言葉がラテン語で刻み込まれていました。

その上、この結婚指輪は2つの指輪を1つにしたギメルリングだったのです。

このお洒落な結婚指輪はプロテスタントの信者を中心に民衆に憧れのものとなり、レプリカが多く作られることとなります。

またこの頃から結婚指輪にダイヤモンドのデザインが使われ始めます。

ダイヤモンドは15世紀頃から使われ始めていましたが、主に婚約指輪であり、デザインもダイヤモンドの結晶体をそのまま使うといった感じでした。

しかし、16世紀に入ると王侯貴族の間で結婚指輪にダイヤモンドを使うことが流行り始め、しかもダイヤモンドのカッティング技術も発達してきたことからデザインの一部としてダイヤモンドが使われるようになりました。

バイエルンのアルブレヒト5世が妻アンナに送った結婚指輪には小さな16個のダイヤモンドがバラの形にちりばめられているという、当時の技術としては最高峰のものでした。

スコットランド女王メアリー・スチュアートとその夫ダーンリー卿の結婚式に用いられた結婚指輪はポージーリング(※後述)であったことも有名ですが、そのデザインは赤エナメルを施されたリングにダイヤモンドがひとつ飾られていました。

後のイングランド王であるジェームス6世とデンマークのアン王妃の結婚指輪にも金とエナメルが施されたリングに5つのダイヤモンドが散りばめられていたと言います。

このように16世紀は結婚指輪の風習が制度としても確立し、その華やかさも一気に花開いた時期であったのです。

[A.D.17~]ポージーリング、ギメルリング、ハートの流行

17世紀に入ると結婚指輪のロマンチックが止まらなくなってきます。

まずはポージーリング(posy ring)です。ポージー(posy)とは「花束」という意味ですが語源はフランス語の「posie」で詩を意味します。その名の通りポージーリングはアームの内側に「詩」や「愛の言葉」などのメッセージを刻印した指輪のことです。

ポージーリング自体は13世紀頃からありましたが、ポージーリングの結婚指輪が流行り始めたのはこの頃でした。

次にギメルリング(gimel ring)です。ギメルリングは前述したようにマルティン・ルターが贈った結婚指輪でもあります。

ギメル(gimel)の語源はラテン語で双子を意味する「gemini(もしくはgemelli)」のことで、ギメルリングとは2つの指輪を1つの指輪にしたデザインの指輪のことです。(ギメルリングの詳細はこちら

更にこの頃からハートのモチーフが結婚指輪に使われるようになりました。両手に抱かれたハートや王冠を戴くハート、キューピットの矢に射られるハートなどハートのデザインが施された結婚指輪が増えてきます。

また、王侯貴族の間で流行っていたダイヤモンドもハート型にカットされて結婚指輪にしたものもありました。

12世紀頃から広まってきたフェデ・リングに加え、ポージーリング、ギメルリング、ハートのモチーフ、そしてダイヤモンドなどが組み合わさってロマンチックな結婚指輪がどんどん登場する時代となります。

[A.D.19~]ダイヤモンドの婚約指輪が普及

19世紀に入ると産業革命により王侯貴族以外にも裕福な人が増え、高価な貴金属が多く流通するようになりました。特にダイヤモンドはブラジルやアフリカ大陸で鉱脈が発見され供給量が飛躍的に伸び、多くの人が手にすることができるようになりました。

そのような背景もあり、この頃から婚約指輪には「ダイヤモンドの指輪」、結婚指輪には「ゴールと(金)の指輪」という習慣が確立するようになります。

[A.D.20~]プラチナの普及、男性への結婚指輪が一般化

現在、私達が行っている結婚指輪のデザインや習慣はこの頃から広まってきます。

現在当たり前になっているプラチナの結婚指輪が普及したのは20世紀に入ってからです。プラチナ自体は紀元前から装飾に使われていたことが分かっていますが、希少性と加工の難しさから普及していませんでしたが、1925年に南アフリカで鉱脈が発見されてからは一気に広まることとなりました。

プラチナやダイヤモンドの普及によって、婚約指輪や結婚指輪は装飾よりも素材美が重視されるデザインへと移行します。

いわゆるシンプルなデザインですがそれに拍車をかけたのがティファニー・セッティングの登場です。これにより私達が婚約指輪と聞いてイメージする一粒のダイヤモンドが強調されたシンプルな指輪の形が流行り始めます。

もう一つ、結婚指輪に関する大きな出来事は男性が結婚指輪をはめるようになったことです。この時代までは結婚指輪をするのは基本的に女性で男性が結婚指輪をする習慣はあまりありませんでした。

キッカケは第二次世界大戦と言われます。戦場に赴く男性が何か妻のものを身に着けていたい、お守りにしたいといった気持ちが男性の結婚指輪の習慣になったと言われています。これにはキリスト教などの影響は全く無く、純粋に夫婦の愛から生まれ、世界中に広まった風習と言えます。

こうして現在の結婚指輪の形が確立し、今に至ります。

 

以上が結婚指輪の歴史です。いかがでしたでしょうか?

こうやって現在までの結婚指輪の歴史を探ると、国家の形態や民族、文化が変わっても、また宗教などの反対にあっても途切れることなく2000年以上結婚指輪という習慣が続いてきているのは驚異的です。

衣食住以外のものでここまで続いている”道具”は他に無いのではないでしょうか?そう考えると、結婚指輪には何か全てのものを超越した「根源的な愛の力」を感じずにはいられません。

最後まで読んで頂きありがとうございます

結婚指輪の相場】もあわせてご覧ください。

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